『夜叉ヶ池』アフタートーク
現在開催中の企画展「追悼・山内静夫 松竹大船撮影所物語」の関連イベントとして、4月23日(土)『夜叉ヶ池』の上映後、撮影助手を務めた中橋嘉久さんにご登壇いただき、同作の裏側に迫るアフタートークを開催しました。
篠田正浩監督が14年ぶりに古巣の松竹で手がけたこの作品は、歌舞伎界を一世風靡していた当時29歳の坂東玉三郎さんが映画に初出演したことでも大変注目を集めました。中橋さんによると、本作は従来の製作規模とは違い、破格の予算で製作されたそうで、通常、撮影で使えるフィルムの長さは作品の尺との関係で決められているものですが、この映画ではその制限がなく、撮影場所も国内のみならずアメリカや果ては南米・イグアスの滝にまで及びました。デジタル・リマスターを経て昨年42年ぶりに公開され、大きな話題を呼んだ作品です。
玉三郎さん演じる百合の登場シーンでは、最初は背中だけを映し、次に水面に映る姿を見せてから、百合の横顔をのぞき込んでハッとする山沢の表情を見せていきます。観客が百合の顔を目にするまでの時間を延ばすことで期待を高め、この世のものとは思えないその美しさが最も効果的に伝わるように工夫されているのです。同時に、クローズアップは歌舞伎にはない映画ならではの技法であるため、玉三郎さん自身も並々ならぬこだわりで臨み、納得のいくアップのショットを撮るまでには1ヵ月を要したそうです。
中橋さんのユーモア溢れる関西弁で繰り出される苦労話に、思わず笑わされながらも、完璧な作品を作るために誰もが最善を尽くすという、プロの姿勢を見た思いがしました。現代のようなデジタル技術がまだなかった時代に作られた『夜叉ヶ池』は、海外ロケと日本の特撮技術を駆使した撮影が見事に融合しており、映画作りに関わる人々の叡智が結集した後世に残る作品です。今回のアフタートークでは、一つ一つの見どころを中橋さんの解説で聞くことができ、とても贅沢なひと時となりました。
終了後には、話を聞いてもう一度見返したいからと翌日のチケットを買って帰られるお客様もいるほどで、帰り際の皆さまの満足そうな笑顔が忘れられません。『夜叉ヶ池』は、これからも末永く語り継がれていくことでしょう。 中橋さん、貴重なお話をありがとうございました。(胡桃)