2月のトークイベント

企画展〈映画字幕翻訳の仕事 ─1秒4文字の魔術〉の関連イベントとして、2月15日に、トークイベントを開催しました。
映画字幕翻訳者の菊地浩司さん(『スタンド・バイ・ミー』『オーシャンズ11』など)と石田泰子さん(『トレインスポッティング』『ラ・ラ・ランド』など)をお招きし、「血の通った字幕をつくるために」と題して、字幕翻訳の仕事の舞台裏をお話しいただきました。

菊地さんは、1983年に「ACクリエイト株式会社」を設立し、字幕翻訳業のかたわら外国映画・ドラマの日本語版(字幕/吹替)の制作を手がけるようになります。ビデオテープ(VHS)やレーザーディスクが普及し、全国の街にレンタルビデオ店が増え始めた時代でした。縦書きの劇場用字幕も、ビデオ用に横書きにする場合には、1行におさまる字数が異なるため、旧作映画のビデオにおいても書き換えて字幕をつける仕事が急増します。アカデミー賞授賞式のテレビ中継に、翻訳者が手分けして急いで訳をつける仕事など、当時から色々な字幕翻訳の仕事があったそうです。
石田泰子さんは、字幕翻訳者として85年からACクリエイトを手伝うようになり、菊地さんとは40年来の付き合い。師匠と弟子のような関係です。今回のお二人の対談は、息ぴったりのやりとりが印象的でした。
翻訳者が字幕をつけるまでには、さまざまな作業工程があります。
外国映画を輸入配給する配給会社(の制作チーム)が字幕翻訳者を探し、試写や打ち合わせをする。翻訳された原稿も、校正チームが複数でチェックしたり、内容によっては専門家や監修者に用語の確認をしたりと、字幕制作の仕事は、翻訳者がずっと一人で携え続けるものではないそうです。
かつて35mmフィルムに字幕を打ち込んでいた時代には、字幕制作専門の会社がいくつかあり、字幕を手書きするタイトルライターさんがいて…と、さらに多くの人の手が関わっていました。コンピューターやインターネットの普及によって、近年は色々と便利な時代になりましたが、その分、人間の関わる手数も減り、対面の打ち合わせや電話でのやりとりも少なくなり、メールが中心……そんな中で、劇中の会話に、しっかりと「血の通った」字幕を生み出すためには、どんな工夫がなされているのだろう──今回のトークタイトルは、そんな素朴な疑問から生まれたものです。

「ネット検索」のない時代、字幕に「おまわり(お巡り)さん」と書いてよいのか、「デカ=刑事」とルビを振ってよいのか、翻訳作業の中で疑問に思うことは、やはり「直接電話してきいてみるしかない」と菊地さんは、警視庁に電話して確かめたそうです(現在では刑事モノの映画やドラマも増え、定着している用語も多くなりました)。どんな分野でも実際の「現場」での会話や言葉遣いを参考にしないと血の通ったセリフは生み出せない、これはいつの時代も変わらないことのように感じました。

翻訳作業そのものは、字幕翻訳者が一手に引き受けて単独で作業するものかも知れませんが、その裏側には専門家や監修者、制作チームや仕事仲間の存在がみえてきました。
菊地さんや戸田奈津子さんは、字幕翻訳の草分けである清水俊二さんや高瀬鎮夫さんから、様々な場面で薫陶を受けています。今回のトークでは、字幕翻訳家協会(1984年設立)の集まりの中でのエピソードなどを菊地さんが詳しく話してくださいましたが、叱咤激励を受けることもあったそうです。手がけた字幕についての忌憚のない意見は教えられることも多く、励ましになったといいます。こうした経験が血肉となり、いつも、どんなジャンルの映画であっても適したセリフを付けることができるのかもしれません。
現在も第一線で活躍されているお二人に貴重なお話を伺うことができ、参加した方々からも大変好評でした。本当にありがとうございました。

3月も企画展〈映画字幕翻訳の仕事 ─1秒4文字の魔術〉および関連上映が続きます。
3月2日(日)までは『愛と哀しみの果て』『プライベート・ライアン』(字幕はともに戸田奈津子さん)、11日(火)~16日(日)は『スティング』と『カンバセーション…盗聴…』(字幕は清水俊二さん)を上映します。
名優ジーン・ハックマンの急な訃報に驚き、打ちひしがれておりますが、3月15日の『カンバセーション…盗聴…』上映後解説では、主人公を演じたハックマンの魅力やフィルモグラフィについても触れ、名演技を偲びたいと思っております。(B.B.)
