春の旧川喜多邸別邸(旧和辻邸)特別公開×
シャンタル・ストマン「Ōmecittà―オウメチッタ」

ここ数年、ゴールデンウィークの時期に実施している旧川喜多邸別邸(旧和辻邸)の特別公開。4月と10月の無料一般公開では土間までしかお入りいただけないのに対して、特別公開では靴を脱いで室内にあがることができ、江戸時代の古民家をじっくり味わっていただけるのが特徴です。

今回は、開催中の企画展「映画館のエトセトラ」の関連イベントとして、5月1日から5日間にわたって、フランス人アーティスト、シャンタル・ストマンさんによる写真と映像の作品展「Ōmecittà―オウメチッタ」を同時開催しました。

ストマンさんは、《人》と《場所》の親密な関係性を通して《歴史・時間・記憶》を喚起させる作品制作を行っています。東京西部に位置する「青梅」では、1990年代中頃から、同地に住んでいた映画の看板絵師、久保板観ばんかんさんが描く昔の映画の絵看板を町の中に設置し、商店街の古い町並みと合わせて「昭和レトロの町」として町おこしに取り組んでいました。日本映画の黄金時代、どこの町にも映画館がありましたが、テレビの普及に伴う映画産業の斜陽化によって徐々に映画館は姿を消していきました。青梅にもかつては3つの映画館が立ち並んでいましたが、1970年代には最後の1館も閉館に追い込まれてしまいました。久保さんは3館すべての絵看板を手がけ、最盛期には1年に365枚以上の看板を描いていたといいますが、閉館とともにその仕事を変えざるを得ませんでした。

かつて全国各地の映画館を彩った絵看板は、上映作品が替わるたびに新たな絵を上書きしていたため、昔のものがそのまま残っていることはほとんどありません。久保さんもまた、泥絵の具に上新粉を糊がわりに使っていたため、その絵看板は耐久性のあるものではありませんでした。町おこしのために久保さんは、耐久性のある画材で昔の絵看板を描き直し、映画館がなくなった青梅の町は、再び映画との親密な記憶を取り戻していきました。

撮影:シャンタル・ストマン氏

2017年、偶然青梅の町と出会ったストマンさんは、町に残る映画看板を通して、知られざる小さな町の中に息づく人々と映画の記憶に思いを馳せ、絵看板のある風景を写真で残す「Ōmecittà―オウメチッタ」のプロジェクトが始まりました。実は青梅の町の絵看板は、彼女が撮影した翌2018年、台風被害と久保板観さんの死去によって撤去され、今はもうその景色を留めていません。絵看板のある風景が失われたことで、ストマンさんの「Ōmecittà―オウメチッタ」はより大きな意味をもって、青梅の人々と映画の記憶を語ることになりました。

ストマンさんは、また、青梅との出会いからこの町の絵看板が失われていくまでを描いたドキュメンタリー映画を完成させました。映画は世界各地で上映され、青梅という町の存在を発信し続けています。当館では旧和辻邸の土間を暗くして上映スペースを作り、会期中に繰り返し上映をしました。70分という長さですが、はじめから終わりまで興味深く観てくださる方が多かったのがとても印象的でした。

江戸時代後期に建てられ、秦野から練馬、そして鎌倉へと移築を繰り返してきた旧和辻邸もまた、様々な記憶の層を重ねてきた場所です。場所とそこに生きる人々の記憶をテーマにしたシャンタル・ストマンさんの「Ōmecittà―オウメチッタ」を、旧和辻邸という場所で開催することもまた、必然的な縁を感じさせてくれるものでした。

特別公開の5日間の会期のうち、初日は雨が降りしきる一日となってしまいましたが、そんな中でも新緑に包まれた静かな鎌倉を味わってくださるお客様もいらっしゃいました。また2日目以降は、うってかわって気持の良い晴天が続き、このイベントのために来日したストマンさんも、ベンチに寝そべって日向ぼっこをしながら、鎌倉ならではの谷戸に囲まれたこの田舎家を堪能してくださいました。

シャンタル・ストマン氏

旧川喜多邸別邸(旧和辻邸)は、10月に無料一般公開、11月頃に特別公開を予定しているほか(日時は未定です)、ギャラリートークの後にも短い時間ですがご案内をしています。遊歩道は開館時間中は開放していて通り抜けもできますので、機会がありましたら是非お立ち寄りください。普段は庭園内にお入りいただけませんが、遊歩道から眺める、鎌倉の風情ある景色をお楽しみいただけます。

特別公開にお越しくださった皆さま、この場所で「Ōmecittà―オウメチッタ」を実施する機会をくださったシャンタル・ストマンさん、本当にありがとうございました。