是枝裕和監督トークイベント「これまでとこれから」レポート(前半)

特別展「映画監督・是枝裕和のまなざし」ビジュアル

大好評のうちに終了した特別展「映画監督・是枝裕和のまなざし」。昨年12月13日(水)には、多忙な撮影の合間を縫って是枝監督にご登壇いただき、トークイベント「これまでとこれから」を実施しました。平日昼間にもかかわらず入場チケットの申込みに本当に多くのご応募をいただきました。会場が51席という定員のため、一般の申込倍率は最終的に10倍に達しました。そこで、今回ご参加いただけなかった方にもトークの内容をお伝えすべく、前半と後半にわけてご報告いたします。数多くの質問に向き合ってくださった是枝監督の言葉を是非お楽しみください。

(司会)今日はお忙しいところ、ありがとうございます。

今ちょうど撮影中(12月13日時点)で、トークの前にも明日の撮影に向けて思いついたことを書いていたんですけど、そんな合間のいい気分転換になればいいなと思っています。でも倍率が10倍ということなので期待に応えるべく、ちゃんと喋ろうと思って今ここに座っています。いい時間だったなと思って帰ってもらえるような時間にします。

(司会)監督はご自分の作品を振り返るということはあまり考えていらっしゃらないかもしれませんが(「はい、しません」と即答)、展示をご覧いただいていかがでしたか?

展示にあたっては、あまりチェックもしないままお渡しできるものは全部お渡ししてお任せしてしまったので、キャストへのお手紙や台本のメモなど、どのページが展示されているんだろう、何かまずいことを書いていないか少し心配だったんですけど、これなら大丈夫だな、と少し安心しました。

(司会)スタッフ・キャストへのお手紙というのは本当に感動しましたし、こんな風にコミュニケーションをとられているんだと知ることができました。このやり方は昔からですか?

昔からです。元々口下手で、役者さんと飲みに行ってくだけて何か話すということがほとんどないので、自分が考えたことや良かったこと、悩んでいることを文字にして相手に渡すというのは、ずっとやっています。

(司会)展示の仕事をしている立場からすると、監督が書かれたものはどんなものでも資料として本当に貴重だと思うのですが、ご自分の字で書かれることはお好きなんですか?

パソコンがうまく使えないんです。メールぐらいはできるんですが、脚本もパソコンでは書けないので清書してもらって。今も手書きで書いたものを携帯で写真に撮って送って、監督助手に打ってもらっています。時々思いついたアイディアを携帯のメモに入れることはありますが、活字になるとそれを書いた時のこと、どういう時に思いついたものかが思い出せないんです。なのでどうしても手書きでないと駄目なんです。

(司会)今回の展示では、監督の出自から始まり、作品のテーマなどを通して全体像が少しでも見えればという構成になっていますが、監督は書籍などでも「テレビ」から始まったという部分をとても大事にされているという印象があります。ご自身のアイデンティティ、テレビに対する思いはいかがですか?

観る側としても作る側としても、テレビに育てられテレビを作ることで映像を学んだので、やっぱりDNAに刻まれていると思います。一時はなんとかそれを消していって、純度の高い映画を作りたいという欲求を持っていた時期もあったんですが、どうも居心地が悪く、『歩いても 歩いても』で自分が撮りたいものを撮って、その結果、これは映画じゃなくてテレビドラマだねって言われたらそうなんだろうな、自分がやりたいのはそういうものなんだろうなと開き直りました。でも不思議なものでこの映画(『歩いても 歩いても』)が一番好きだと言ってくれる方も世界中にいるんですね。自分でも虚勢を張らずに自然に作れてそれが気持ち良かったので、その辺りから、自分の文体というものを、映画に寄せようということは考えなくなりました。なので映画の記念館にこのように呼んでいただくのはちょっとむずむずしてそんなに居心地が良くないです。

自分よりもすごく純度の高い映画、映画の文体で映画ネイティブな作り手はたくさんいるので、そういう人たちにそういう映画を作っていただいていることで、自分はそこには届かないからそれとは違うものを作ろうという自分のアイデンティティが明確になって。自分にできる、自分に語れる物語を自分の声で語るのだというのがこの15年です。

(司会)最近は配信系のプラットフォームが登場し、映画とテレビを分類すること自体が難しくなっています。作り手の方にとっては、作る選択肢が多くなることは歓迎されることなのではとも思いますが、いかがでしょうか。

僕はそう捉えています。スタッフも役者もテレビと映画の垣根がなくなりました。日本の場合、少なくとも撮影所システムが崩壊するまでは、監督も撮影所に入らなければ映画が撮れなかった時代を考えると、その時代だったら僕は撮れていません。フィルムでしか撮れなかったのがデジタルになった段階で、スタッフが共有できるようになったのがすごく大きいと思います。今はほとんど、自ら選んでどちらかしかやらないという作り手は少なくなりました。ただそれが映画にとって良いのかと言われるとわかりませんが、自分としては色々やることが経験として楽しいです。

(司会)映画にとってどうか、というところでは、コロナ禍によって劇場に来る意味というものをより明確に打ち出さなければならない、厳しい時代になったと感じています。

今は2000円払ってもらえるに値するものを作らないと、劇場に足を運んでもらえなくなっています。特に実写の邦画が難しいですね。僕は漫画原作をやったこともありますし、日本の漫画はとても優れているので映画原作の漫画が悪いとはまったく思いませんが、市場が限られているので。オリジナルの企画でやっていこうとしている僕の周りの20代、30代のこれから監督になろうとしている作り手にとっては、劇場公開作品にこだわるとハードルが本当に高くなりお金が集まらない。だから映画もやりつつ、配信をやった方がいいよとアドバイスしています。別に映画が上でテレビが下とか、コマーシャルが別物とかは思わないので。とにかくカメラの脇に立って「よーい、はい」と声をかけることをやめてしまうと、どんどん感覚が鈍っていく。何かしらカメラの脇に立っていることが大事だと思います。

(司会)監督が大学時代に脚本を読んで勉強されたとおっしゃっていた山田太一さんが最近お亡くなりになりましたが、山田さんの作品を振り返っていかがですか。

大学時代、自分が脚本を書き始めた頃に「シナリオ文学」と呼ばれるシナリオ集が出版され始めました。1980年前後だと思います。向田邦子、倉本聰、山田太一、市川森一…と、とにかくバイト代を全部使って買い集めて読んでいました。ちょうどその頃、山田さんの『想い出づくり。』や『早春スケッチブック』が放送され始めて、ハマりました。新藤兼人さんがやっていたシナリオ講座に山田太一さんがゲスト講師で来て、お話の後、直接「山田さんの書くものはいつも最終回が良くないと思います。」と生意気なことを言ったら、山田さんが「そうなんですよね。もう最終回なんか来なければいいと思ってる。」って、怒るでもなく本音をぽろっと漏らしたんです。

山田太一さんの素晴らしいところはたくさんありますが、英雄を必要としないんですね。英雄が出てこない、英雄になり損ねた人、時流に乗り損ねた人の話、価値がないと思われている人たちの話を徹底的に描いてきました。ご本人は物腰が柔らかく、話し方も穏やかですが、書くものの背後に隠れている哲学はすごく強靭で、こういうものは絶対に書かないっていうものを明確に持っています。だからこそあれだけ長い間この世界で書き続けることができたと思っています。

全ての作品を読んでいるわけではないですが、その時代に対して必ず問いがある。声高に叫ぶんじゃなくて、声にならない声、声を出せない人たちの側にカメラを置くっていうのが特徴としてすごくあると思うので。そこが一番学んだところだと思います。

(司会)山田さんの書く最終回が良くないと思っていたのは、具体的にどういうところだったのでしょうか?

なぜ最終回になると全員が集まって同じテーブルを囲んだり、大団円のようなやり方をいつもされるんですかと。まあ、テレビではやりがちなことでもあるんです。そうでもしないと終われなくなるんですね。テレビの連続ドラマのいいところって、どうでもいい話をだらだらと、映画では主人公にならないような人たちが本当に小さな事件で右往左往する姿が面白いんですよね。でも最終回ってなんとなくまとめなくちゃいけなくなるから、そこできっと山田太一らしさをどうしても捨てなくちゃいけなくなるんだと思うんです。倉本聰は単発の一時間ドラマがとても優れていると僕は思っているんですけど、山田さんはやっぱり連続ドラマというスタイルが合っていたのではないでしょうか。

(司会)是枝監督はテレビの世界で、テレビドキュメンタリーというところから評価を受けてきたと思います。そういった出自はこれまで特殊なのかなと思っていましたが、最近では、例えば森達也監督が『福田村事件』で劇映画を撮ったり、『正欲』を発表された岸善幸監督も実はテレビマンユニオンの出身ということを知って、テレビドキュメンタリーの作り手が劇映画も手がけるようになっているというところで思われるところはありますか?

テレビの演出家が映画を撮って成功するというケースはそんなに多くなかったですよね。久世光彦さんも成功はしていません。最近だとTBSの土井裕泰さんなどは両方素晴らしいものを作られていると思いますが、理由があるのかどうかはわからないです。でも両方やることはいいことだと思います。

岸に関しては…、呼び捨てにしましたけど、大学を卒業してテレビマンユニオンに入ったときの4人いた同期の一人で一番仲が良かったんです。当時、今でいうところのハラスメントが日常茶飯事だった時に、色々辛い体験をお互いにしながら、夜中まで一緒に先輩の悪口を言いながら、いつか映画をやろうと二人で話していた20代があって。僕は彼がいなかったらもっと早くにテレビマンユニオンを辞めていたはずです。活躍は嬉しいです。

(司会)是枝監督は、テレビドキュメンタリーを作り始める前の時代の辛かったこと、うまくいかなかったことについてよく書いていらっしゃいましたよね。岸監督はその辺りはいかがでしたか?

岸は精神的にタフだったのと、あいつはサークルの部長もやっていて統率力もあるし、お酒の場でもちゃんと先輩を立てられる。自分はお世辞が言えないので、お酒の場で先輩が作った番組を褒めなくちゃいけない、あれはどうやって撮ったんですかと言わなくちゃいけないのに、興味のない話ができないんです。そういうことが一切できず、お酒も飲まないので、僕がいることがここのプラスになっていないのは自分でもわかる状況なんですね。そうするとそのうち呼ばれなくなる、来なくていいよと言われて行かなくなってということを繰り返して、そこにハラスメントが加わって辛かったです。

ある旅番組で、ロケ先の青森でいろんなハラスメントを受けて、当時の自分としてはやっぱりこれは僕がいる世界ではないと思った時に、帰れって言われたんです。青森のホテルの公衆電話から岸に電話をかけて、今俺帰れって言われてるんだけどどうしたらいいか、帰っていいかな、もう居たくないんだと相談したんです。岸は、お前がもう映像をやめて離れる覚悟があるんだったら帰っていいと思うけど、まだなにかやりたいことがあるんだったら我慢して残れって言いました。その時は残りました。感謝しています。

(司会)岸監督とそんな同志的な関係だったとは知りませんでした。

そういう仲間がいることが、僕にはとてもプラスだった。もちろんライバル、でもライバルともちょっと違って、色んなことが相談できる作り手がそばにいたことでとても助けられたんです。孤独だったんですけど、助けてくれる人がたまたまそばにいたんですよね。

(司会)会場の皆さまからご質問を受けて、そこからまた話を広げられたらと思います。

(質問者)今年から一人で映画を撮っている中で出てきた悩みを質問させてください。自分が伝えたいと思って撮ったものに対して、国や文化、モラルなど価値観の違いから見る人の意見が自分と反対だった時に監督はどういう心得を持って接していますか。

褒められたり批判されたりすることは日々あるけれども、全部に目を通していたら体がもたない、心ももたないと思うので、あまり気にしなくなりました。ただ何人か自分が信頼している作り手だったり、中学時代からの友人だったり、この人たちがどう思うかという人たちの声は必ず聞くようにするし、彼らからも声は届きます。信頼している人の声をきちんと聞くことで作るものも変わってくるよ。

『そして父になる』を撮った時に色んなインタビューで、自分に子どもができた時に父親になった実感というのはほとんどなく、血が繋がっているだけだと父親にはなれないのか、だとすると父親になるってどういうことだろうということを考えて作ったという話の流れの中で、母親は産んだらすぐ母親になったような気がするけど、父親はそうではなかったという話をしたところ、ある友人が、女性も産んだからといって皆母親になった実感を持つわけではない。母性というのは女性に生来あるものだということ自体が、男性目線の錯覚だと。それを持てない、持つべきだ、持っているはずだという声に傷ついている女性もたくさんいるんだ、と言ってくれて。僕は相当男の目線で見てたなと反省しました。

じゃあ女性が母であること、母になろうとすること、産むこともしくは産まなくても母になるっていうのをどういう風に考えていこうかというところから『万引き家族』を作りました。

映画を観た方とのキャッチボールで、間違えたことはどこかで落とし前をつけなきゃいけない、次に作るべきものの中で作品として答えていかないといけないと考えています。

トーク中の是枝監督

(質問者)監督は人間関係のリフレッシュはどうされていますか?

最近は、1本終わった時には次の準備が始まっているんです。大体3本くらいが平行して頭の中で動いてるから、ひとつ終わればまた次が入ってくる状況ですが、今は体力的にも精神的にもそんなに苦ではない。あまりリフレッシュを必要としていない。ちょっと言い方がおかしいですけど、撮影をしていることにそれほどストレスを感じていないので、楽しそうですねってよく言われるんです。監督が楽しそうにしていない現場ほど良くない現場で、みんなそのために頑張ってくれている側面もあるじゃないですか。だから監督は、本当は辛くても楽しそうにしてるべきだと思いますけど、本当に楽しいですよね。働き方改革だからスタッフは休ませなくちゃいけないんだけど、僕自身はそんなに休みたいと思わずここまできてしまいました。

――韓国で『怪物』が上映されていますが、作品がどう思われているのかはどのくらい気にしていますか。

韓国には、この間オンラインで対談させていただいたイ・ドンジンさんというすごく有名な評論家がいます。彼はすごく率直だから、あんまり気に入ってなければすぐわかるし、彼がどう見るかっていうのは気にはするけど。色んな状況で入ったり入らなかったりするので、興行成績で一喜一憂することはありません。もちろんお客さんがたくさん来てくれることが一番のご褒美だから、そのことは喜ばしいことだけど、気にするかっていうとそんなことはない。それより自分が、何ができて何ができなかったかをちゃんと自分の中で整理して、できなかったことを次にどうすればできるのかっていうこと、できたことはなぜできたのかを考えて先に進むことの方が大事です。

(司会)『怪物』は、物語の構造的に、見終わった後にもう一度観たくなる映画ではあると思いますけど、本当に何度もご覧になっている方も多いようです。監督はそのあたりどのように受け止めていますか。

リピーターがとても多いというのは、劇場公開中にティーチインをやっていても感じました。20回目です、という方もいたりして。いつもの僕の作品に比べてそういうお客さんが多いというのは、たぶん普段僕が書いている物語とは違う構造を持っている映画だったからだと感じています。

トーク中の是枝監督

(司会)『怪物』に関して、カンヌ映画祭でのクィア・パルム受賞についてお聞きします。映画を見た後には、この映画がその賞を受賞するにふさわしい作品だと思いますし、受賞理由もその通りだと思ったんですけれども、クィア・パルムが、ひとつのラベルとして見る前に出ていることがどうなのかなっていうのを思ってしまったところがありました。そのあたり監督はいかがでしたか。

あの賞をいただいたこと自体はとても嬉しかった。(クィア・パルムの審査員長)ジョン・キャメロン・ミッチェルという監督は元々尊敬している監督ですし、受賞理由のコメントというのが本当に素晴らしくて、それがこの映画を作った時に僕らが考えたことにすごく近かった。それで喜んでお受けしますという話をしました。

ただ反省点がないわけではなくて、これはクィアな少年たちを描いた映画だという認識のもとに、LGBTQの子どもたちを支援している団体の方に脚本を読んでいただいて、現場にも来ていただいて勉強会を開いたりしながら作っていったんですね。ただその映画を、どういう風にお客さんに届けようかっていう段階になった時に、配給宣伝チームの側から、そういう少年たちの物語だということは、とりあえず伏せましょうと。それは観ていく流れの中で、なるべく前情報なしに観ていただいた方がこの映画の魅力が伝わるのではないかという論理だった。そういう方針が出て、わかりましたっていう話をして。

ただ事前に勉強した限りでいうと、実はあの少年は同性愛だったんですよっていうようなネタバレとして、この映画がそれを種明かし的に明かす構造だと僕は思ってなかった。あの二人の関係は3章で明らかになっていくけれど、1章、2章で伏せられていた私たちの加害性っていうものが、3章に至って明らかになる構造だと思っていた。そういう意味も込めて、あの物語の構造は伏せてほしいという趣旨での宣伝・配給方針であれば受け入れますという話をしたんだけど。作品が公開されて、宣伝に乗って、メディアにいろんな部分が切り取られて語られていく中で、なかなか作っていくプロセスの丁寧さほどはコントロールが効かなくなっていった部分はありました。

当事者の方たちから、ネタバレ的な扱いは不誠実だという批判も間接的に届いていて、ごく親しい友人から、こういう批判があるけれども大丈夫かと連絡があったりして、いやそれは誤解なんだよというやりとりをしていきました。でもおそらく自分の発言の中でも、なるべく前情報を入れずに観てくださいと言ったこと自体が、当事者の方にとっては私たちの存在が伏せられたと感じる人もいるんですって言われた時に、そこまではやっぱりきちんと捉えられてはいなかったという反省点があります。もし本当に丁寧にやるんだったら、多分製作者と配給宣伝側でそういうミーティングをもっと綿密に重ねて、どういう情報の出し方をするか、どうやって届けるかということまでちゃんとやるべきだ、それができていれば、きっとクィア・パルム賞をもらったことでどういう対応をするかっていうことをもう少しきちんと統制がとれたかなと考えています。そこは反省点です。

(後半へ続く)