特別展「映画監督・是枝裕和のまなざし」が終了しました

2023年10月7日から約3か月にわたって開催してきました特別展「映画監督・是枝裕和のまなざし」が、1月14日をもって終了しました。新作が数多くの国で公開され、世界から注目を集める現役監督の展示ということもあり、幅広い世代の方に関心を持っていただくことができた企画となりました。

今年に入って上映した是枝監督のデビュー作『幻の光』と最新作『怪物』、そしてテレビ時代の「テレビドキュメンタリー集」は、ほぼすべての回で完売となる盛況ぶりでした。是枝監督の原点、そして映画監督としての歩みを感じ取っていただけたのではないでしょうか。

会期中、12月13日には監督自身にご登壇いただいてトークイベント(こちらに関しては、改めてレポートをアップします)を実施しましたが、その他の関連イベントとして、10月と12月にもトークイベントを開催しました。10月28日には、午前中に「是枝監督テレビドキュメンタリー集」を上映し、午後にドキュメンタリー監督・プロデューサーとして活躍されている大島新(あらた)さんをお迎えして「是枝裕和とテレビドキュメンタリー」というテーマでお話しいただきました。また新進気鋭の若手監督の作品を上映する特集上映「次世代シネマセレクション」では、12月23日の作品上映後に是枝監督が立ち上げた制作者集団「分福」に所属する広瀬奈々子監督と北原栄治プロデューサーにご登壇いただき、是枝監督のもとで学んだことや自身の作品について、さらには映画界の現在と今後に至るまでをお話しいただきました。

大島新さんトークイベント

是枝監督は1990年代、テレビドキュメンタリーのディレクターとして作品を評価され、やがて劇映画の世界へと移っていきましたが、大島新さんもまた、フジテレビの社員からフリーとなり、テレビドキュメンタリーからドキュメンタリー映画、監督はもちろん最近ではプロデューサーとしても活躍されています。そんな少し近いところでキャリアを重ねてきた大島さんの目に映る是枝監督、そしてお二人の関係はどのようなものなのでしょうか。

はじめに、「幼い頃からテレビっ子だったという是枝監督に対して、大島さんはどのようにテレビを見てきたのか」という質問に対しては、大島さんが小学校1年生の時に、父である大島渚監督が『愛のコリーダ』を発表して「猥褻」をめぐる裁判に発展し、また大島さんの大学時代に、大島監督は『朝まで生テレビ』でしょっちゅう怒鳴り散らしていたために、大島さん自身は映画やテレビとは自然と距離を置いていたという回答で、会場は早速笑いに包まれました。一観客からすると「父・大島渚」は偉大な存在以外の何物でもありませんが、大島さんの立場ではなかなか辛いものがありますね。大島さんが「大島渚」の作品と本当の意味で向き合えるようになったのは、フリーのドキュメンタリー作家として自身が認められるようになってからだったそうです。

是枝監督にとってテレビ時代の辛かった経験から、やがてテレビドキュメンタリーで評価されていく過程を、大島さんはご自身のフジテレビ時代や、映画に移行してからのことにも触れながら丁寧に辿ってくださいました。大島さんが影響を受けたテレビ人である(映画監督としても活躍されている)森達也さんと是枝監督に共通する「社会で当たり前とされていることに対する違和感」を大事にするという問題意識、是枝監督のテレビドキュメンタリーが最初に放送された「NONFIX」というドキュメンタリー番組の魅力、そして、『しかし…~福祉切り捨ての時代に』『もう一つの教育~伊那小学校春組の記録』というドキュメンタリー二作が、「社会の矛盾、ひずみに目を向けること」「子どもという存在との出会い」という点で、いかにその後の是枝作品の原点となっているかetc…。

とりわけ印象的だったのが、『しかし…』では、加害者の立場になりかねない福祉行政側の人間、そして夫が自殺して世間の好奇の目にさらされている妻といった人物が、是枝監督の前では真摯に取材に対応しているという指摘でした。彼らにとってカメラは暴力性を帯びているはずなのに、是枝監督の記者らしからぬ佇まいと人間力が、この番組を成立させているという解説は、同じ作り手だからこそ理解できる監督の凄さなのでしょう。

大島さんはまた、父・大島渚監督の傑作ドキュメンタリー『忘れられた皇軍』を含めたテレビドキュメンタリーの系譜について、そしてフィルムとデジタルの違いによって、ドキュメンタリーの作り方そのものがいかに大きく変化したかなど、わかりやすく解説してくださいました。ご自身の新作『国葬の日』や、コロナ禍での公開で大きな注目を集めた『君はなぜ総理大臣になれないのか』にも触れていただきましたが、次回は是非、大島さんの監督作を上映する際に再びご登壇いただきたいと思います。

広瀬奈々子監督、北原栄治プロデューサーによるアフタートーク

「次世代シネマセレクション」は、新進気鋭の若手監督の紹介を目的に、当館で年に一度実施している特集上映です。是枝監督は、2011年に仲間の映画人たちと制作者集団「分福」を立ち上げ、若手の作り手たちが企画の立ち上げから映画の完成までを経験する「監督助手」という立場を設けることで、撮影所システム崩壊後の時代に、若手を育てる仕組みを確立しました。今回は特別展とも関連させる形で、分福に所属する広瀬奈々子監督『つつんで、ひらいて』と川和田恵真監督『マイスモールランド』を上映しました。12月23日、『つつんで、ひらいて』の上映後に開催したアフタートークでは、体調不良により川和田監督のご登壇は叶いませんでしたが、この作品のプロデューサーを務め、分福で若手監督たちの作品を送り出している北原栄治プロデューサーが、広瀬監督とともに是枝監督と分福について語ってくださいました。

広瀬監督は、長編劇映画『夜明け』でデビューしていますが、実はそれ以前にドキュメンタリー映画『つつんで、ひらいて』の撮影を始めており、約3年の撮影・製作期間を経て、本作が第2作として公開されました。鎌倉在住の装幀者・菊地信義氏の仕事にカメラを向けたこの映画は、本の装幀という普段は知る機会のない仕事の奥深さを伝えるとともに、「紙の本」を愛する人たちが本に傾ける情熱を味わえる作品です。鎌倉とゆかりの深い映画ということもあり、多くのお客様に見ていただくことができました。

トークでは、是枝監督の人柄や現場での姿、分福での採用からどんな風に企画会議が行われているかなど、具体的かつ興味深いお話をお聞きすることができました。現場で一発OKと言える映画監督はかっこいいけれど、現場でどうしよう…と悩み始めてしまう是枝監督の「かっこ悪さ」が逆に魅力であること、監督が手書きで永遠に直し続ける脚本を、助手がワープロで起こしていく作業が結果的に修業になるということ、また分福のメンバーの大半が女性であることに言及して、北原プロデューサーの「それまで男性が多すぎた」という言葉も印象的でした。北原さんは当初是枝監督作品があまり好きではなかったけれど、一緒に仕事をするようになって初めて話が通じる相手が見つかったと思ったそうです。撮影で疲労困憊しているはずなのに、クランクアップ翌日にはもう映画館に足を運び、他の映画を辛辣に批評してくるという、温和そうな是枝監督の意外な素顔も垣間見ることができました。月に一度の企画会議では、各自が持ち寄った企画にメンバーが忌憚のない意見を述べ合うそうですが、是枝監督も次から次へと新しい企画を提出し、それに対して若手も臆することなく厳しい意見を出すようで、映画界の上下関係や男女の差を打ち破ってきた是枝監督だからこそ、このようなフラットな関係性を作り上げているのでしょう。

質疑応答では、客席から若い方たちの手が次々と上がり、「映画を作っている」「俳優を目指している」立場から、アドバイスを求める声が聞かれました。若手監督が長編映画を実現することの大変さ、オリジナル企画を通すことの困難さといったシビアな話題が出つつも、是枝監督が育てた次世代の映画作家が、さらに次の世代の若者たちのモデルとなっていくという、とても幸福な時間に立ち会うことができました。

今回ご登壇いただいた、大島新さん、広瀬奈々子監督、北原栄治プロデューサー、お忙しいなか本当にありがとうございました。

1月20日(土)からは、時代も国もまったく異なる企画展「ジェラール・フィリップと忘れじの名優たち」が始まりました。早世の名優、ジェラール・フィリップの魅力が堪能できる代表作の数々を、展示と上映で是非お楽しみください。