トークイベント「映画に吹く里見弴と鎌倉の風」
4月9日(土)、企画展「追悼・山内静夫 松竹大船撮影所物語」が始まって最初の関連イベントを開催しました。
山内静夫(やまのうち しずお)がプロデュースを手がけた小津安二郎作品であり、さらに山内の父である鎌倉文士・里見弴(さとみ とん)が関わった2作品、『早春』(1956)『秋日和』(1960)の上映に合わせて、里見・小津・山内の交流とともに鎌倉で育まれた映画文化についてお話しいただくトークイベント「映画に吹く里見弴と鎌倉の風」です。
ご登壇いただいたのは同志社女子大学准教授の宮本明子さん。日本における小津安二郎研究を牽引する、気鋭の研究者です。里見弴は『彼岸花』(1958)『秋日和』の2作品で原作者としてクレジットされていますが、宮本さんは残された『早春』の台本に、それまで知られていなかった里見弴の修正を発見し、里見と小津の新たな関わりを見出しました。山内ともたびたびのインタビューを通して交流を持っていた宮本さんに、このたび関西からお越しいただくことができました。
『早春』をご覧いただいた後、約1時間のお話で宮本さんは、大学時代の小津映画との出会い、大学に所蔵されている資料を読み込むという取り組みから、その過程で里見の痕跡の入った『早春』の台本を見つけ、どの箇所がどのように変更されたか、そしてなぜ里見はその変更をしたのかを想像・分析する根拠など、研究の過程をわかりやすくお話しくださいました。
展示を準備する際に、書き込みの入った台本などを手に取る機会はありますが、書かれている文字の判読さえも困難であるのに加えて、さらにその書き込みにどんな意味があるかを分析するというのは、とてつもない時間と労力を要する作業です。
宮本さんが調べた『早春』台本の里見による修正は、なんと476箇所にも及んだそうです。その一つ一つを書き出して内容をまとめ、さらにその中から小津が採用したもの・しなかったものを実際の映画と比較しながら確認する。そして里見が台本にどんな要素を注入したかったか、里見の助けを得て小津が作品をどう膨らませようとしたかを想像していく…こうした小さな積み重ねによって研究の成果というものが確かに生まれていくのだ、ということを実感するとともに、一次資料を保存していくことの重要さを噛みしめました。
今回の企画展では、宮本さんが実際にリサーチした台本を展示しています。宮本さんのお話の後には、こうした資料を見る時の視点も少し変わってくるかもしれませんね。
今回お話しいただいた『早春』に、『秋日和』や『晩春』(1949)に関する研究、また山内静夫のインタビューも収録した宮本さんの著書『台本からたどる小津安二郎』を、当館でも販売しています。502部という限定部数で刊行された貴重な書籍ですので、ご来館の際には是非お手に取ってご覧ください。
トークには、小津監督関係の方々、松竹関係の方々も数多く来館され、久しぶりに活気溢れる一日となりました。宮本さんが里見・小津・山内らの繋がりを“鎌倉ならではの風”と形容してくださったように、気持ちの良い春の風が、当館にも吹き抜けたような気がしました。
宮本明子さん、ありがとうございました。(胡桃)