活動弁士・澤登翠さんによる久々の“活弁”イベント

開催中の特別展「田中絹代―女優として、監督として」も折り返し地点を迎えました。

10月30日(土)には、話芸文化としての《活弁》の第一人者である澤登翠さんの解説による、小津安二郎監督『非常線の女』の活弁上映&トークイベントを開催しました。

活動弁士:澤登翠さん

年に1度の開催で、当館のお客様にもすっかりお馴染みとなった澤登さんの活弁上映ですが、新型コロナウイルスの影響により、今回は実に1年9か月ぶりとなりました。

前回は、泉鏡花没後80年を記念した特別展「明治・大正文藝シネマ浪漫」内で実施した、大佛次郎原作の『鞍馬天狗』(1928)。時代物に合った切れ味鋭い口跡で、娯楽活劇ならではの威勢の良い活弁を披露してくださいましたが、今回は一転して、松竹モダニズムの極致とも云える、小津監督のダンディな現代劇です。

非常線の女01

満員御礼の劇場で幕を開けた『非常線の女』。

本作は、岡譲二演じるボクサーくずれの用心棒・襄二をめぐって、3人の異なる魅力を持った女性たちが描かれる作品です。

田中絹代が演じるのは、昼間はタイピストとして働き、夜になるとドレスアップしてダンスホールに入り浸る襄二の恋人・時子。田中には珍しく、パーティードレスやロングコートといったハイファッションに身を包み、スレた中にも素直な可愛らしさが滲む役どころです。

襄二の弟分(三井秀夫=のちの三井弘次)の姉で、唯一和装姿で登場する和子(水久保澄子)と、すらっとした容姿でサバけた姉御肌な性格が気持ちいいみさ子(逢初夢子)と、それぞれに魅力的な女性たち。その中心に佇む、目鼻立ちのはっきりした西洋風な顔立ちのダンディな岡譲二をスクリーン越しに見ていると、とてもこれが日本映画とは思えません。

非常線の女02

松竹という、当時の映画会社の中でも屈指のモダンな社風と、アメリカ映画から多大な影響を受けた戦前の小津安二郎の趣向が明確に出ていると言えるでしょう。

上映終了後のトークイベントでは、「拳闘(ボクシング)」や「ビリヤード」、「ダンスホール」など、映画に登場する当時のモダンな風俗を具体的に取り上げて解説してくださいました。

部屋の壁にさりげなく貼られた外国映画のポスターや、街中の風景に日本語が映らない点などは、映画では見過ごしてしまいがちですが、その世界観の構築においては大事な要素です。映画を見た直後に解説していただくことで、作品のモダンさがいかに多様なディテールの積み重ねによって生み出されているかが、深く理解できたように思います。

澤登さんの親しみのある語り口で繰り広げられる、ユーモア溢れるトークに笑い声も起こり、皆さま、久しぶりの活弁イベントを心から楽しんでいただけたようでした。

活弁後、若い学生さんからも熱心な質問が出され、世代を超えた幸福な風景が繰り広げられた1日となりました。

澤登翠さん、次回も是非宜しくお願いします!(胡桃)