春のやわらかな風のように−女優・山本富士子さんのトークイベント報告−

現在開催中の企画展「大映映画のスターたち」の関連イベントとして、4月10日(火)に、日本映画が誇る大女優であり、テレビや舞台でもご活躍された山本富士子さんをお迎えし、トークイベントを開催しました。

当館ではこれまでにも、多くのスターの方々をゲストにお迎えしてきましたが、山本富士子さんのトークイベントも広報が出たタイミング、またチケット発売日近くには多くのお問合せをいただきました。皆様お電話口で富士子さんの美しさについて、またお母様が富士子さんを大好きだったという思い出などをお話しくださるので、改めて女優・山本富士子の影響力の大きさを実感しました。チケットの発売日には、東京の方から開館前に駆けつけてくださる方もいて、イベント当日に向けて、当館の中もいつになくそわそわしていました。

当日富士子さんは、白いお召し物の中に花柄を取り入れた春らしい服装でお越しになり、代表作の一つである『夜の河』の上映後、同作の思い出や日頃大切にされている言葉についてお話しいただきました。

昔の映画を観ていると、台詞を発する俳優さんたちの口から白い息が出ていて、さぞ寒い中で撮影しているのだろうと思うことがありますが、やはり冷暖房のないスタジオでは、どんなに綺麗な女優さんでも心身共に健康でないと長く続けられなかったようで、個人的には「スタジオの床は土」だったということを初めて知りました。その一言だけで、暑い夏には埃が舞い、寒い冬にはしんしんとした冷たさに覆われる撮影所の様子がありありと想像でき、富士子さんのお話で一気にリアリティをもって思い浮かべられる気がしました。

入社1年目から10本もの映画に出演され、無我夢中で走っていた富士子さんが3年目に出会った作品が『夜の河』でした。名匠・吉村公三郎監督をはじめ、撮影の宮川一夫さん、脚本の田中澄江さんなど、映画界の錚々たる面々が集結した本作は、富士子さんにとってやはり特別な経験だったようです。富士子さんは脚本を読んだ時から、主人公の舟木きわという女性に大変惹きつけられていたと仰っていましたが、確かに当時ではまだ珍しく手に職を持ち、凜として勝気な自立した女性が妻子ある男性と出会い、苦悩しながらも惹かれていく姿は、現在から見てもまったく色褪せない、同じ女性から見てもとても魅力的な物語です。

吉村監督は、富士子さん演じるきわのイメージをあらかじめ完璧にイメージしていたようで、衣裳合わせもなく、髪形も「ひっつめるように」という指示が早々とあったそうです。恐らくこんなことは非常に珍しいと思われますが、なんだかとても頼もしく感じますよね。また、上野芳生さんによるデザインの着物も、京都に溶け込む自然さや成熟した女性ぶり、染色デザイナーという役柄に合った斬新さをすべて併せ持っていて素晴らしかったということなので、次に映画を観る時は是非注目したいところです。

色盲だったことで知られる吉村公三郎監督にとって初のカラー作品となった本作は、随所に色彩へのこだわりがあったそう。富士子さんのお話でも、それまで赤い色が嫌いだったきわが上原謙さん演じる竹村との出会いの後で赤い色を染めたり、竹村の妻の死を知ったときに黒い喪服を染めているなど、きわの心理と結びついた色の表現が多用されていることや、きわと竹村が汽車の中で言葉を交わす場面の撮影がいかに大変だったかが語られましたが、それらが宮川一夫さんの手で非常に効果的な映像に昇華されており、日本映画が誇る技術力の高さが伺われました。映画作りが数多くのプロフェッショナル達による集団の力で成り立っていることを再確認しました。

私は映画の『夜の河』しか知りませんでしたが、富士子さんはテレビドラマや舞台でもこの作品を演じられたということで、富士子さんの女優人生とともにあった作品なのだということを強く感じたお話でした。

トークの後半では、富士子さんが日常生活の中で大切にしている「言葉の力」のお話もしてくださいました。

富士子さんは、心の琴線に触れるような言葉やお話に出会うと必ずノートに書き留めていらっしゃるそうですが、今回は小さな紙に書き写してお財布に入れて持ち歩いているという2つの詩を朗読してくださいました。

せっかくなのでこちらに紹介させていただきますね。

サムエル・ウルマン「青春の詩」(抜粋)
青春とは、人生の或る期間をいうのではなく
心の持ちかたをいう
年を重ねるだけで 人は老いない
理想を失うとき はじめて老いる 
(繰り返す)
青春とは、人生の或る期間をいうのではなく
心の持ちかたをいう
年を重ねるだけで 人は老いない
理想を失うとき はじめて老いる

「砂時計の詩」
1トンの砂が、1年の時を刻む砂時計があるそうです。
その砂が、音もなく巨大な容器に積もっていくさまを見ていると
時は過ぎ去るものではなく
心のうちに 体のうちに 積りゆくもの
と、いうことを、実感させられるそうです。
(くり返す)
時は過ぎ去るものではなく
心のうちに 体のうちに積りゆくもの

サムエル・ウルマンの「青春の詩」は、「理想を失うときはじめて老いる」の「理想」という言葉を、夢や希望、好奇心、挑戦といった言葉に置き換えて、いつまでも瑞々しい青春の心を失わないようにと心に留めているそうです。

また「砂時計の詩」は、富士子さんのご主人、作曲家の山本丈晴さんが、産経新聞の読者投稿の欄「朝の詩」で見つけて大変感銘を受け、誕生日に贈ってくれたのだそう。一般的に「時は過ぎ去るもの」という認識がありますが、「時は積もっていくもの」と考えると、日々の一瞬一瞬や毎日の積み重ねを大事にできるような気がします。島根県には1トンもの砂で作られた1年の時を刻む砂時計があるらしく、その設立主旨に書かれた「時間を可視化する」ことを富士子さんは日々実践されているのだなぁと感じました。

参加されたお客様にとって「言葉の力」のお話は恐らく思いがけないものだったと思います。でもだからこそ、これまで知らなかった素敵な言葉を富士子さんの口から教えていただくことができて、その喜びや印象の度合いはとても大きかったのではないでしょうか。

私自身、まだそこまで時の流れを実感できる境地には達していませんが、「時は積もる」ものだという考え方を、これからの人生の中で大切にしたいなと思えた、そんな素敵なトークイベントでした。

山本富士子さん、本当にありがとうございました。(胡桃)