西川美和監督、来たる!
特別展「映画衣裳デザイナー 黒澤和子の仕事」関連イベントとして、10月6日(金)に『ディア・ドクター』で和子さんと組まれた西川美和監督のトークイベントを開催しました。
西川監督といえば、是枝監督に見出されて助監督を経験後、20代にして『蛇イチゴ』で監督デビュー、『ゆれる』『夢売るふたり』『永い言い訳』と、作品を発表するごとに高い評価を得、起用した俳優たちからはこれ以上ないほどの信頼を集め、さらには小説やエッセイでも常に注目を浴びている、実に才能豊かな方です。
今回のイベントは、展示の担当学芸員である私が聞き役に入るということもあって、私は数日前から極度の緊張状態に陥っていました。
しかし当日記念館に現れた西川美和さんは、物腰柔らかな、それでいて一本ピンと芯の通ったとても素敵な方で、そんな監督を前にして、私は緊張しながらも徐々に身体の強張りがほどけていくのを感じたのでした。
トーク中は、私がひとつ投げかけると、監督がそれをがしっかり受け止めて、膨らませてお客さんに伝えてくださるので、私は思ったよりもずっと楽に壇上に座っていることができましたし、緊張と弛緩を織り交ぜながらの監督の魅力的なトークを、お客様にも喜んでいただけたのではないかと思います。
8年も前の作品でのトークということで、監督は当時の資料を持参してくださり、和子さんと最初の打合せをするために用意したという、各キャラクターのメモをいくつか紹介してくださいました。
そこには、映画に描かれているより遥かに具体的なキャラクター設定がびっしり書き込まれていました。鶴瓶師匠演じる伊野の父との関係や、海外旅行に行くのが夢で、ハワイに行きたいという設定や、余貴美子さん演じる看護婦の大竹の学生時代のこと、瑛太さん演じる研修医相馬の服の趣味まで、一人一人の豊かな背景が監督から和子さんに伝えられていたことがわかります。私たち観客は、彼らのそういった部分を映画から直接知ることはありませんが、西川作品の特徴とも言える、厚みのある、それ故人間性の良し悪しに関わらず魅力的な登場人物たちは、このようにして描かれているのだということがよくわかりました。
客席には、劇中の衣裳をとても細かく見てくださっていた方もいて、監督のメモに「学生時代バンドをやっていた」と書かれていた通り、瑛太さんが白衣の下に着ていたTシャツは音楽系のものが多かったり、それが最後の場面では襟付きのシャツに変わっていて、そんな些細なところにもキャラクターの変化が見てとれるということがお客様の指摘で明らかになった一幕もありました。
西川監督の作品は、企画立案から取材、脚本執筆を経て撮影と、完成まで十分な時間をかけて作られます。ちょうど1年前に最新作の『永い言い訳』が公開されたので、次回作まではおそらくまだしばらく時間が必要かと思いますが、絶対に期待を裏切らない作品が届けられるのは間違いないでしょう。
それまで私たちは、寂しくなったら過去の作品や小説、エッセイなどを手に取りつつ、楽しみに待っていたいと思います。
西川監督、素敵なお話をありがとうございました!
追伸:直木賞候補にもなった西川美和さんの短編集『きのうの神様』は、『ディア・ドクター』とも緩やかな繋がりを持つ、僻地医療をテーマにした作品です。完全なる原作でもなく、かといって関係がないわけではない、映画と小説のそのような関わり方は新しく、とても良いアイディアだと思います。映画をご覧になった皆さま、是非こちらの小説も手に取ってみてくださいね。(胡桃)