かまくら世界映画週間<フランス篇>&堀口すみれ子さんトークイベント
寒さが本格化してきて、一気に秋から冬のような気候に。鎌倉も変わりつつあります。
先月末、鎌倉市川喜多映画記念館ではこれで3カ国目となる「かまくら世界映画週間」、今回は<フランス篇>を開催いたしました。『巴里祭』や『天井桟敷の人々』、『自由を我等に』など川喜多夫妻の輸入・配給した東和作品の名作の中にもフランス映画はたくさんありますし、フランスはそもそも映画誕生の国でもあります。「なぜ、今?」と思われた方もいらっしゃるかも知れませんが、今年は鎌倉市の姉妹都市である南仏ニースとの、姉妹都市提携50年目という記念の年だったのです。これまでに撮られたニースに関連する映画といえば、『アタラント号』や『新学期・操行ゼロ』などで知られるジャン・ヴィゴ監督の『ニースについて』(1930年)、その作品をモチーフに、昨年106歳で亡くなったポルトガルの巨匠マノエル・ド・オリヴェイラ監督(※息子が当時ニースに在住)が撮った『ニース、ジャン・ヴィゴについて』(1983年)などがありました。そのほか、グレイス・ケリー&ケイリー・グラント主演のヒッチコック映画『泥棒成金』にも南仏ニースが登場します。…しかしながら、ニースを舞台にした作品の上映はなかなか難しく、今回は叶いませんでした。
二十四時間の情事(1959年)
忘れえぬ慕情(1956年)
そこで今回のフランス篇の上映4作品は、まず日仏合作映画の名作として知られる2作、それぞれ広島と長崎を舞台にした『二十四時間の情事』(ヒロシマ・モナムール)と『忘れえぬ慕情』を上映しました。岸惠子さんとジャン・マレー、ダニエル・ダリューの共演した『忘れえぬ慕情』は、このご縁がきっかけとなり、監督のイヴ・シャンピと岸惠子さんはご結婚、岸さんはフランスに住むことになりました。
夜ごとの美女(1952年)
残りの2作は豪華絢爛なコスチューム・プレイの恋愛劇で、フランス映画と言えばやはりこの人、一番人気の俳優ジェラール・フィリップが主演の『夜ごとの美女』、もうひとつは長らく「幻の傑作」と呼ばれていた(こちらもオールドファンの多い)マルティーヌ・キャロル主演の『歴史は女で作られる』を上映いたしました。『椿姫』のヒロインのモデルになったパリの裏社交界の花形マリー・デュプレシ、彼女と時を同じくして19世紀にクルチザンヌとして名を馳せた実在の人物ローラ・モンテスを、マルティーヌ・キャロルが演じています。2006年から2008年にかけて、シネマテーク・フランセーズが中心となって調査・復元し、デジタル・リマスターの完全復活版として甦った貴重な上映作品です。
歴史は女で作られる(1955年)
また10月29日(土)に開催したトークイベントには、<父・堀口大學が愛したフランス詩>と題して、詩人の堀口すみれ子さんにご登壇いただきました。
父・堀口大學が愛したフランス詩
アポリネールの『ミラボー橋』やジャン・コクトーの『シャボン玉』、ボードレールの『悪の華』など、数々のフランス詩を翻訳して日本に紹介し、ご自身も詩人であった堀口大學氏。19歳から33歳までを海外で暮らし、戦後は葉山に移り住み、生涯をこの地で暮らしました。葉山図書館の2階には現在、「堀口大學文庫」のコーナーがあり、著作や草稿など約400点近くが展示されています。今回は鎌倉日仏協会や葉山まちづくり協会の方々にご協力いただき、現在も葉山にお住まいの堀口すみれ子さんに記念館までお越しいただくことができました。
堀口すみれ子さん
堀口すみれ子さんの著書『虹の館 ―父・堀口大學の想い出―』(かまくら春秋社)には、お父様に「れ子」さんと呼ばれて、父娘のふたりでよく一緒に歩いた鎌倉の散歩道のお話も登場します。お父様は若かりし頃に幾夏か由比ヶ浜や長谷の借家で過ごした経験があり、鎌倉のこともお好きだったようすです。今回の講演では、堀口大學氏の詩、あるいは氏が翻訳し、好んだフランスの詩を、お父様とのエピソードを交えながらご紹介いただき、そのひとつひとつの詩を、すみれ子さんが朗読してくださいました。すみれ子さんの声はとても優しく、しっかりとしていて、会場の皆様に丁寧に語りかけるように詩を詠みあげてくださいました。そこには同じ詩を文字で黙読していた時とはまったく別の感動があり、熱心に耳を傾けている参加者の皆様と会場全体がその優しい声に包まれているような、そんな気持ちになりました。詩は、声にして詠み上げるものなのですね。とても新鮮な気持ちになりました。
川喜多夫妻
東和商事がその初期から輸入・配給していたフランス映画には、シャルル・ヴィルドラックの『商船テナシチー』や、ジャック・プレヴェールの『天井桟敷の人々』など、詩人が映画の脚本(※いずれも監督との共同脚本)をつとめた作品があります。外国で、語学のみならずたくさんのことを経験された堀口大學氏と同様、川喜多長政氏も北京大学やドイツに留学して国際交流の重要性を肌で感じ、帰国後すぐに東和商事を設立(1928年)しました。その頃のキネマ旬報をひも解くと、東和の配給作品がカラーページで紹介され、その隣には堀口大學氏の映画評が載っていることもありました。ディートリッヒやガルボの出演作の公開を楽しみにされていたようです。川喜多夫妻は海外でたくさんの映画人との交流があり、ジェラール・フィリップが来日した際には、日本映画を試写室でご覧になっていただいたり、都内各地を一緒にまわってご案内をしておりしたが、同様に、ジャン・コクトーやヴィルドラックの来日時には、堀口大學氏ら著名な日本の詩人・歌人がお出迎えをされていたようです。コクトーが来日した当時の新聞を、すみれ子さんが持ってきてくださいました。
この日はトークイベントの前に『夜ごとの美女』の上映があり、すみれ子さんも上映を一緒にご覧になりました。上映後は、映画を久しぶりにご覧になられた感想なんかもお話してくださいましたが、ふとすみれ子さんが今日の講演前に調べてみたところ、本作の監督であるルネ・クレールと、堀口大學氏は1981年3月15日の全く同じ日が命日であることがわかったそうで、「これも何か父に導かれて、今日、鎌倉にきて、皆様に父のことをお話することになったのかなと不思議な気持ちです」と最後に仰ってくださいました。素敵なめぐり逢わせをご用意してくださったお父様と、とても素敵な詩の朗読をしていただいた堀口すみれ子さんに心より感謝申し上げます。(B.B.)