イ・ジュンソプ、妻 方子とその時代を知る ~李美那さんのトークイベント報告~

企画展「夢みるハリウッド-映画に頬をよせて」開催中ということで、ロマンチックモード全開の当館ですが、お盆に差し掛かった今週、「激動の時代を生きた2人の画家」と題したシネマセレクションを開催し、『FOUJITA』と『ふたつの祖国、ひとつの愛-イ・ジュンソプの妻』の2作品を上映しました。

1920年代後半、エコール・ド・パリの時代に世界的名声を得た藤田嗣治は、戦時中、一連の戦争記録画を制作したことで後に批判の対象となり、一方現在では韓国の国民画家と呼ばれるイ・ジュンソプは、日本留学時代に知り合った方子と結婚するも、朝鮮戦争と日韓の国交断絶によって方子や子どもたちと離れ離れとなり、再び一緒に生活する夢を果たせないまま39歳の若さで亡くなっています。

昨年戦後70年の節目を迎えたことで、振り返りの機会が増えたとは言え、今年はオリンピックの盛り上がりの中で、8月6日、9日の原爆投下が過ぎ、間もなく終戦の日を迎える中で、戦争とその時代を見つめ直す機会を継続的に作っていきたいと思い実施したこの企画では、最終日の8月11日に、神奈川県立近代美術館の主任学芸員である、李美那さんをゲストに迎え、「李仲燮(イ・ジュンソプ)-その芸術と方子への愛』と題したトークイベントを開催しました。

日韓国交正常化50周年を迎えた昨年、同館(葉山館)はじめ全国6ヶ所の美術館で開催された展覧会「ふたたびの出会い 日韓近代美術家のまなざし-『朝鮮』で描く」の担当学芸員である李さんは、イ・ジュンソプや同時代の美術家について豊富な知識をお持ちで、主に妻の方子さん側からの視点で描かれた映画に対して、ジュンソプ側からの視点を提示してくださいました。

ジュンソプと方子が出会った「文化学院」がどのような経緯で作られた学校だったか、またそこで教鞭をとっていた教師たちがいかに豪華だったか(与謝野鉄幹・晶子夫妻、菊池寛、佐藤春夫、山田耕作、堀口大學、有島生馬etc…)に始まり、日本人からは計り知れない朝鮮戦争の苛酷さ、また植民地時代に朝鮮から留学していた画家の作品や、逆に朝鮮半島で生まれ育った日本人画家の作品について、写真を見ながら解説していただいたり、1930年頃の地図から読み解く当時の京城(ソウル)についてのお話も大変興味深く、映画とはまた違う「図像の分析」の面白さを味わうことができました。
映画『FOUJITA』では描かれていませんでしたが、藤田がパリに向かう前、最初の妻との新婚旅行も兼ねて訪れた朝鮮の風景画も紹介していただいた時は、藤田嗣治とイ・ジュンソプが時代を通して繋がった瞬間でもありました。

イ・ジュンソプは今年生誕100年を迎えるということで、韓国では回顧展が開催されているようですが、日本ではいまだほとんど知られていないのが実情です。李さんによると、韓国でのジュンソプの作品の価値が高くなりすぎたために、日本で展覧会を行うには大きな予算がかかってしまうとのこと。是非ともジュンソプの作品を生で見たいところですが、そのためには韓国まで行く必要があるようですね。

ジュンソプの代表作と言われる、牛を描いた力強い筆致の作品群は、もちろん素晴らしいのですが、個人的には、日本と韓国で離れ離れになった家族に向けて一日に何通も送ったと言われる沢山の手紙の余白に描きこまれた、可愛らしいイラストの数々にとても心惹かれました。

イ・ジュンソプと方子さんの、切なく悲しく、でも手紙のやり取りから伝わってくる強い愛で結びついた2人の物語は、これからもっともっと知られていくべきだと思います。
そして、一緒にいられたのは短い間でも、それを不幸と捉えるのではなく、穏やかな笑みを浮かべながら、70年前の苦しくも幸せだった家族の生活について語る方子さんの姿を見て、「幸福」とは何かをなんとなく考えてしまう、そんな真夏の一日でした。(胡桃)