早春の調べ 『ハリー・ライムのテーマ』とともに /レポート

怒涛の展示替えも間もなく終局を迎え、明後日から7月10日まで、鎌倉市川喜多映画記念館では、特別展「鎌倉の映画人 映画女優 原節子」を開催いたします。早くから記念館まで日程等に関してお問い合わせくださり、心待ちにしていた皆様には、本当にお待ちどおさまでした。鎌倉もこれからまた少しずつ暖かくなり、春を感じられる季節になると思います。

さて、開催日である3月5日から少し日が経ってしまいましたが、日本を代表するチター奏者・内藤敏子さんによる素晴らしき哉、チター演奏会のご報告レポートです。こちらもお待ちどおさまです。たいへん盛況のうちに幕を閉じました。
昨年の10月に、「早春の調べ『ハリー・ライムのテーマ』とともに ~チターで奏でる名作・名曲&『第三の男』の知られざる誕生秘話~」というお題目で提案させていただいたときは、「早春とは言っても春の始まりは訪れているだろうか」、「まだ桜も咲く前、凍てつくほど寒い雨の日だったらどうしよう」、あるいは「ほの暗い冬空で、チターを演奏する手がかじかむ程だったらどうしよう」と色々思い悩んだものですが、無事お日柄も良く、蒼天のなか楽しみにしていた皆様にお越しいただき、開催することが出来ました。

2年ほど前、「かいひん荘鎌倉」(市の景観重要建築物で国の登録有形文化財にも指定)にて、鎌倉クラシック洋館の会主催により開かれましたチターコンサートに、私も足を運んだのが今回のイベントのコトの始まりです。
チターという楽器をはじめてちゃんと目にして、生の演奏を拝聴し、あの『第三の男』で演奏されている「ハリー・ライムのテーマ」の曲はこの音色だったのかと感嘆の声をあげました。また内藤敏子さんの演奏の合間にされるお話の面白いこと! チターの楽器に関するお話、スイス在住の頃のエピソード、演奏される曲に関しての思い出、テーマ曲となっている映画を当時観たときのこと、どのお話も大変興味深く、この素晴らしい時間が過ぎてしまうのがもったいないと感じるほどでした。
また内藤さんは、音楽だけでなく映画に関しても造詣が深く、大変な映画好きということがイベント後に少しお話させていただいてわかりました。外国映画だけでなく日本映画に関しても、「清水宏監督の映画が好きで…」とお話されたときには「嗚呼…映画がお好きな方だ!」と思いました。

内藤さんはスイス留学中、住んでいた街にアントン・カラス(『第三の男』の映画音楽を担当したチター奏者)がやってくるというニュースを耳にし、演奏会に行きました。演奏後、内藤さんはチターに関する質問をカラス氏にしました。そのことがきっかけとなってご縁が生まれ、カラス氏の長女ウィルヘルミネ・チューディックさんともその後たいへん親しくなりました。謙虚で何事にも真摯にお答えくださり、丁寧に耳を傾けてくださる内藤さんのお人柄をみていれば想像に容易いのですが、そんなご縁から内藤さんはアントン・カラス家から『第三の男』に関する資料(楽譜なども含めた多くの未公開資料)を託されます。その資料をもとに2001年『激動のウィーン「第三の男」誕生秘話――チター奏者アントン・カラスの生涯』をご自身で執筆、出版しました。今回のイベントの中でもご紹介させていただきましたが、この本は記念館の情報資料室にありますので、是非ともお手にとってご覧ください。
そんな経緯もあり、演奏の合間に『第三の男』について、とうとうと語る内藤さんのその語り口は実に見事で、それだけでひとつの奏楽のようでした。ひとつの曲をくり返しくり返し練習するように、『第三の男』の上映を何度も何度もご覧になって、調べ、味わい尽くしてきた、そのような経験がひしと感じられる素晴らしいお話でした。お客様もすっかり魅了され、さっきフィルムで見たばかりの『第三の男』がまたすぐに観たくなる、そのような気持ちを掻き立てられていました。

何度、拝聴してもチターの演奏は本当に素晴らしく、清らかで優しい音色で、途中、仕事をしていることをすっかり忘れて聴き入ってしまうほどでした。同じ曲がドイツで演奏される場合と、ウィーンの人が演奏する場合では解釈が全く異なり、「試しにこんな感じです」とその両方を弾いてくださったのですが、まるで別の楽曲のように違って聴こえました。
選曲には『第三の男』以外にも、ジャック・ドゥミ監督がカトリーヌ・ドヌーヴを主演に、ミシェル・ルグランの音楽で奏でた永遠の名作『シェルブールの雨傘』、また「映画が恋した世界の文学」展の開催中に、記念館でも上映した作品の中から、『エデンの東』と、『昼下りの情事』のテーマ曲「ファッシネーション(魅惑のワルツ)」を、思い出の映画音楽としてチターで演奏してくださいました。

最近では『サウンド・オブ・ミュージック』の中の一曲「My Favorite Things(私のお気に入り)」を聴くと、「そうだ 京都、行こう!」という気持ちになり、『第三の男』の「ハリー・ライムのテーマ」が流れれば、オーソン・ウェルズではなく恵比寿駅とヱビスビールののど越しが思い出される、という世代も多くなってきております。CMソングの力、恐るべし。かく言う私もご多分にもれず、その世代ではありますが、かろうじて映画のことだけに関してはそのルーツと両方を知っていることがあります。
音楽が流れたときに思い浮かぶものがたくさんあると楽しいですよね。ぜひとも同世代に聴きに来て欲しいなと思っておりましたが、さすがは名作『第三の男』!興味をもって様々な世代の方々がいらしてくださり、色んなことを知るキッカケにもなって、チターの音楽にもっと触れてみたくなったという嬉しい感想も頂戴しました。

素敵な素敵な演奏会となりました。

今回のイベントにご協力くださいました

鎌倉クラシック洋館の会の皆さん、そして内藤敏子さん、

本当にありがとうございました(B.B.)