大好きなおじさん、小津安二郎
11月20日(金)『お茶漬の味』の上映後、小津監督の甥御さんである長井秀行さんと姪御さんである山下和子さんにご登壇いただき、トークイベントを開催しました。
『秋刀魚の味』で岩下志麻さんが着ていた着物と同じ生地から作り、小津監督から山下さんに贈られたというお着物も飾られる中、「映画監督」としての小津ではない「家族」としての人間・小津安二郎のお話をたっぷりと聞くことができました。
お二人に共通して言えるのは、「小津安二郎」という人を心から尊敬し、愛しているということ。普通、親戚のおじさんなんてあまり親しみを感じないものですが、お二人の記憶には「おじさん」である小津安二郎さんの記憶が焼きついており、一緒に過ごした時間は決して長くはないはずですが、お二人の口から次々とこぼれてくるエピソードはいずれも、彼の人間的な魅力が伝わる素晴らしいものでした。
シンガポールで捕虜になっていた小津たち日本兵たちの帰国に際して、妻も子どももいない小津は「自分は後でいい」と、下っ端の兵士たちを先に帰らせたという話。
そんな小津もついに帰国の運びとなり、昭和21年2月の晩に、翌日到着する旨の電報を見て、山下さんのお母様(小津監督の妹さん)が後にも先にも見たことがないほど飛び上がって喜んだという話。
自分の小柄な父親と違って大きくてがっちりした体格の小津に、生まれて初めて大人の男の人を見たうえに、髪がふさふさの父親と違い後頭部が禿げ上がったおじさんにびっくりし、「なんでおじちゃまは髪の毛がなくてそんなに赤いお肉があるの?」と聞いたら、父親がすっ飛んできて、「おじさんは戦争中苦労して、ずっと鉄兜を被っていたから髪が擦れてなくなってしまったんだよ」と教えられたという話。
小津と清水宏監督と3人で入ったフルーツパーラーでソフトクリームを食べたとき、食べる前にアイスを落としてしまったにも関わらず、小津は叱りもせずにボーイに同じものを頼んでくれたという話。
西部劇が大好きだった長井さんに小津が「今逗子の銀映座で『荒野の決闘』をやってるから見ておいで」と言ってくれたのですが、帰ってきて「撃ち合いが少なくてイマイチだった」と伝えると「そうか」と笑っていた話。(長井さんは今では傑作だと思っているそうです)
子どもが大好きで、子どもを叱るのが嫌いだった小津は、子どもと同じ目線で話してくれる人だったそうで、映画での子役の演出も上手かったとのこと。そういえば、年に1作のペースで映画を作っていた小津が、子どもが主人公の『お早よう』は早々に撮り終えたため、その年だけは『浮草』と2作品が公開されたのですが、そんなところにも、彼の子ども好きが見え隠れしているようですね。
大洋ホエールズが大好きで、ジャイアンツが大嫌いだった小津。野球でも相撲でも一番強いのは嫌いだったそうで、今なら白鵬は大嫌いだったんじゃないかな、と長井さんは笑っておられました。
こんな風に小津監督との羨ましい思い出を沢山お持ちのお二人ですが、監督から大事なことも学んだようです。
小津監督が野田高梧さんと蓼科でシナリオを執筆中に遊びに訪れた長井さんが、土産を持たずに手ぶらで行ったところ、「人の家に来るのに手ぶらで来る奴があるか!」と激怒されたそうです。小津さんがそこまで怒ったのは一度きり、長井さんはその時の野田さんの「おっちゃん、もういいじゃないか」という台詞も、野田さんの奥様のばつが悪そうにうつむいたお顔もすべて覚えているとのことで、以来どこに行くにも必ずお土産を持っていくようにしているんだとか。小津監督は、何を持っていってもとても喜んでくれたんですって。
山下さんが言われたことは、「美人は何を着ても似合うけど、お前は違うからな。」と少々手厳しいお言葉。山下さんが「じゃあどんなものを着ればいいの?」と聞くと、その返事は「全体を品良くまとめることだな。」「赤い色は分量を少なく、焦点を絞って使うといい。」とも仰られたそうで、センスの良い小津監督ならではの確信を持った発言です。カラー作品での小津監督の赤の使い方に通じるものがありますね。
他にも「品行方正でなくても品性は大事にしなさい。」といった言葉など、いずれもあぁ小津監督らしいなぁというものばかり。
トーク中にお二人から聞いた小津監督の言葉は、どれも私自身大切にしたいと思えるもので、人生の勉強になりました。
そして、前から思っていたことですが、私も小津監督の姪に生まれて可愛がってもらいたかった…生まれた時代も何もかも違うので所詮は叶わぬ妄想ですが、本当に、心からそう思えてなりません。長井さん、山下さんが羨ましい!
お客様からの質問でも、是非今日のような話を本にして出版してほしいという要望がありました。
私も今回初めて、映画監督としてではない小津安二郎さんの人柄に触れてとても新鮮だったので、是非本の形で残していただきたいと思います。
お二人は『晩春』や『麦秋』が一番好きと仰っていましたが、長井さんは、「もし高倉健が小津映画に出たらどんな役だっただろうか」 なんていうこともお考えになったらしく、『晩春』なら宇佐美淳が演じた笠智衆の助手の役、『麦秋』なら二本柳寛が演じた、原節子と再婚する近所の医者の役がぴったりだなんてお話もありました。小津安二郎と高倉健だなんて、斬新過ぎる!
当日はお二人の親族の方も多くいらっしゃっていただき、当館の控え室は大盛り上がりでした。
「鎌倉の映画人 監督 小津安二郎と俳優 笠智衆」のイベントの最後にふさわしい、ご満足いただける内容になったと思います。特別展はいよいよ12月13日(日)まで、12月に入ると怒涛の4作品連続上映が始まります。お見逃しなく!(胡桃)