追悼 高野悦子さん

『緑色の部屋』(1980)公開時、岩波ホールにて

(左より)川喜多かしこ、フランソワ・トリュフォー、高野悦子

本日突然舞い込んだ訃報、岩波ホール総支配人の高野悦子さんが2月9日に逝去された。

あまりにも突然のことで、あれこれの出来事が頭の中を錯綜しています。

私事で大変恐縮なのですが、30年ほど前の国立フィルムセンター火災事故に際し、

逸早くフランス大使館文化参事官とともに仕事半ばで駆けつけて下さり、

消失フィルムの復旧にフランス政府の全面的協力を取り付けて下さった上、

川喜多かしこ夫人とともに国内における協力態勢を素早く立ち上げて下さいました。

その後の1997年にはフィルムセンターの名誉館長に任命され、

その元で8年ほど親しく仕事をご一緒させていただき、

そのエネルギッシュな仕事ぶりに圧倒されました。

高野さんの業績はいまさら触れるまでもありませんが、多方面にわたる活躍の中でも、

岩波ホールを拠点にして映画芸術・文化の普及、紹介に多大な貢献を示されました。

かつて川喜多夫人が取り組んだ「名画」の上映運動を、

新たな取り組みで推し進めた最大の功労者でした。

逝去されたのが「岩波ホール」創立45周年を迎えた日だったとは、

何という偶然でしょうか。

また、当記念館では川喜多夫人とともに立ち上げた

「エキプ・ド・シネマ」の40周年記念企画展を

来年2月からの開催を準備しようとしている最中の出来事・・・。

それにしても、3年前の「記念館」開館記念講演会を熱望されながら、

ついに実現に至らなかった事が非常に悔やまれます。

多大なご支援をいただき、「記念館」の行く末を気遣って下さった高野悦子さんの、

心からの御冥福を館員一同お祈り申し上げます。

 総括責任者  大場